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Oussama Ammar

レバレッジと権力の小史

Robert Greeneは『権力に翻弄されないための48の法則』を書いた。はっきり言おう。すべてに従えば、最後は刑務所に入ることになる。(考えてみれば、この本が囚人に人気なのは、そのせいかもしれない ¯_(ツ)_/¯)

読み直すと、この本が扱っているのは昔の権力だとわかる。歴史を通じて、権力はごく少数の人の手にあり、完全に許可を前提としていた。権力が欲しければ、どこかで、軍隊か、軍隊を持つ宗教を後ろ盾にした人の承認を得る必要があった ;)。

馬とか、短剣とか、そういうもの。

英国の君主制は、伝統と個人的な権力の違いを考えるよい例だ。立憲君主に敬意を示すからといって、バッキンガム宮殿でお茶の列に割り込んだ人を、その君主が投獄できるわけではない。まして首を切ることなどできない。儀礼上の敬意と絶対的な権力は同じではない。

仕組みを変えたのはインターネットだけではない。しかしネットは変化を速め、古い権力構造からの距離を広げた。そして、ネットは新しいものを生み出した。許可を必要としないレバレッジだ。それが権力に取って代わった。何かをつくるために、誰かの許可を得る必要はない。いまだに門番や専門家を気取り、「この人を知っていなければ」と思わせようとする人はいる。しかし、その力は実体を失っている。誰にでも開かれているというだけで、ネットはその構造を崩した。

だから「権力」と呼んでいるものの実態は、「レバレッジ」なのだ。レバレッジとは、注いだエネルギー以上の成果を取り出す力のことだ。努力という投資から、期待を上回るリターンを得る方法である。

Mark Zuckerbergを考えてみよう。彼が持っているのは権力ではなくレバレッジだ。利用者が怒り、まとまって要求を出せば、彼は謝る。権力を握った王は謝らなかった。しかし、新しい世界の支配者であっても、持っているものがレバレッジなら、何度も謝ることになる。

これは、私たちが何世紀もかけて考えてきた平等の理念に通じる。何者であるかではなく、何をするかで判断されるということだ。民主主義は投票の仕組みではなく、ものの考え方だ。結局は誰もが対等であり、誰かにひれ伏す必要はないと信じることなのである。

そこでGreeneの法則をいくつか見て、彼が世界の変化をどう見落としたのかを考えよう。

  1. 主人より目立つな。私生活では、いまだにそう考えがちだ。有名人や権力者に圧倒されることもある。しかし、個人的に憧れるだけで事業が前進するわけではない。経済的な力は、すでにいくつもの異なる仕組みを通ってきた。

1960年代のテレビ局や映画スタジオの責任者を考えてみよう。誰もがあなたの機嫌を取る必要があった。誰を何時に出すか、誰のキャリアを引き上げ、誰を落とすかを決めていた。しかし1980年代になるとチャンネルが増え、その力は分散し始めた。番組が気に入らなければ、視聴者は別のチャンネルへ移る。その後YouTubeが登場し、娯楽の発信にはまったく許可が要らなくなった。

上へ進むために、誰かへ取り入る必要はない。ビジネスの頂点にいる人も、新しく若い挑戦者にその座を奪われることがわかっている。投資家になることで、それを自分に有利に使う方法さえ見つけた ;)。しかし、自分にできることには限界があるとも知っている。好きな人を推薦し、助けようとすることはできるが、成功は自ら動いてつくるものだ。人々が提供されたものを気に入らなければ、買ってはくれない。Snoopの言うとおり、「俺にはお前をスターにしてやることはできない」。

  1. 友人を信じすぎず、敵を利用することを学べ。「敵」などと考えるべきではない。せいぜい競争相手だ。競争相手を敵として扱うと、時間もエネルギーも大量に無駄にする。そもそも、競争相手について考えている場合ではない。

昔、競争が現実の重みを持ったのは、流通が自由ではなかったからだ。顧客に接触し、話をするのは難しかった。新しい顧客を見つけるより、競合から奪うほうが簡単だった。しかし流通コストが低くなると、競合を離れるよう説得して顧客を獲得するのは、割に合わない。自分の市場をつくり、入口を広げ、自分のルールをつくればいい。その過程で、信頼できる友人がいることは、助けにしかならない :)。

  1. 評判がすべてを左右する。命がけで守れ。Donald Trumpが2016年の米大統領選に勝ったことを考えると、この法則はもう成り立たないと思う。Trumpは「起業家の時代」の最初の大統領だと私は考える。それは恐ろしいことだ。起業家の時代になれば、何もかもよくなるとは言わない。悪くなることもある。しかし、何が起きているのかは理解しなければならない。

Trumpが露わにしたのは、評判という考え方に隠れていた前提だ。それを決めるのは、ごく少数の人だった。19世紀の実業家が工場を始めたければ、開業資金を頼める人は世界に何人いただろう。25人か、50人か。その状況では評判が重要だった。しかしネットでつながる世界では、話を持ちかけられる人が文字どおり何十万人もいる。

だからTrumpは自分の評判を気にしない。既存の権力層が彼を嫌っても、もはやその人たちだけでは決められない。彼は、ものすごく自分を愛する人と、ものすごく自分を嫌う人がいることこそ重要だと気づいた。

評判よりも、本人がどれだけ本気かが問われる。Trumpについて多くの人が見落としているのは、嘘をつくときでさえ、つまり大抵の場合だが、本人は自分の言葉を本心から信じているように見えることだ。そして、その本気が本人を途方もない個人的リスクへと踏み込ませるとき、人々は強く引きつけられる。

  1. 相手を見極め、怒らせてはいけない人を怒らせるな。これも同じ話だ。多くの人を怒らせても、それと同じかそれ以上の人があなたの言葉を愛していれば成り立つ。

  2. 偉人の後を継ごうとするな。これも成り立たない。高いところを目指すほど、人は応援しやすくなる。Revolutは、何百年もの歴史がある大銀行を倒そうとした。そういう目標なら、製品がまだ十分でなくても、人は使命に共感してついてくる。だから高いところを目指し、誰に挑むのかを明確にしよう。

では、Greeneの本に従えないなら何ができるだろう。レバレッジとは何か。

レバレッジとは、自分が寝ている間も働くものをつくり、投入したものから得られる成果を増やしていくことだ。時間とともに自分の仕事が増えるのではなく、減るような機械をつくることである。

最初のレバレッジはお金だ。資金が豊富な時期には、お金は商品と同じように振る舞う。しかし、誰もが手にできるわけではない。投資は一か所に集中することがある。誰も投資したがらなければ何も起きないが、投資したい人が現れると、皆が後を追い、必要以上のお金を差し出すかもしれない。資金を取り巻く状況は変わる。いつでも調達できると思い込まず、この群集心理を理解することが、長く役立つ教訓になる。

それで、この大量のスイカとアイスクリームと宇宙船をどうするんだ、という話になる。

二つ目はメディアだ。メディアには、許可が必要なものと不要なものがある。Financial Timesに記事を載せたければ、適切な人を知っている必要がある。しかしYouTubeで優れた動画を公開し、何百万回も見てもらうのに、人脈はいらない。許可を必要としないメディアは大量にあり、起業家はその活用法をあまりにも過小評価している。なぜそこまで従来の報道機関に取り上げてもらいたがるのか、私は理解できない。それが役立つのは、顧客層が非常に伝統的な場合くらいだ。大半のスタートアップは、報道機関を追いかけるより、自分たちでよりよい内容を、もっと発信したほうがいい。

三つ目の大きなレバレッジはコードだ。許可を必要としない時代に、コードは確実に拡張できる道具の一つになる。スタートアップを始めるためにコードを学ぶ必要があるかと聞かれたら、二つの問いの微妙な違いを理解してほしい。

  • スタートアップを始めるために、コードを学ぶ必要があるか。ない。
  • すばらしいスタートアップを築くために、コードを学ぶ必要があるか。ある。

待つ必要はない。コードを書けなくても、スタートアップで起業について大量に学べる。しかしコードが重要である以上、優れたスタートアップは、資金を集めてエンジニアを採用する前に、自分たちの実装能力を活かせる創業者から生まれやすいのも確かだ。

さあ、やってみよう ;)。

Daedalium に初掲載。