
Oussama Ammar
なぜやるのか、わかっているか
お金を稼ぎたいという理由で起業を決めてもいい。フランスでは、その考えに抵抗があるが、事実だ。お金を稼ぐことは悪くない。ただし、本当に優れた会社を動かすのは、使命と文化に対するビジョンである。
使命があれば、普通の会社にはできない目標に届く。
まず、最高の人材を引きつけられる。報酬が同じなら、優れた人は、優れた使命を追う会社へ向かう。会社づくりは、ビジネスモデル、市場、戦略だけの問題ではない。結局、才能ある人が一緒に進みたくなる説明が必要なのだ。それがなければ一人きりで、何も築けない。
次に、使命は苦しい局面を乗り切る助けになる。続けられるのかと疑う瞬間がある。そのとき、合理的な議論では支えきれないことがある。しかし信じる強い使命があれば、進み続けられる。
そして最後に、使命は素早い判断を助ける。明確な使命があると、議論の答えも明確になる。会社の全員が、なぜ自分たちはこれをしているのかを理解できる。

だから、最初から使命が必要だ。
完璧な使命が必要という意味ではない。起業のほかの多くのことと同じで、進めば変わっていく。運がよければ、使命が成功を生み、成功が自信を生み、自信がさらに大きな使命へつながる好循環に入れる。
使命が形になる場の一つが、企業文化だ。日常の中で育てる文化を、真剣に扱う必要がある。企業文化とは何かについては、混乱が多い。福利厚生、オフィスの設計、休暇、発言、書き留めた言葉とは関係がない。Googleが革新的なのは、服装規定がなく短パンで出勤するからではない。革新的だから、その結果として服装を誰も気にしなかったのだ。文化は表面的な特徴ではなく、誰を採用し、昇進させ、高い報酬を払うかによって築かれる。たとえば「男女平等と同一賃金を信じている」と言うのは簡単だ。しかし問うべきことは、実際の給与台帳がそれを示しているかだけである。示しているなら、賃金格差を真剣に考える文化がある。そうでなければ、ほかのあらゆる会社と同じだ。
文化は偽れない。
考えること、言うこと、やることが、完全に一致していなければならない。大半の会社では、そうなっていない。ちなみに、文化は「よい」ものでなくても、正直で本物であることはできる。毎年、成績下位20%の社員を解雇する銀行は、よい会社とは言えないかもしれない。しかしそれを信じ、公に言い、実行するなら、少なくとも正直で本物だ。冷酷なら冷酷であれ。協働的なら協働的であれ。ただし会社の中心にある文化は、自分自身の一部になると覚えておこう。DNAのようなもので、一晩では変えられない。
理想的には、文化はつくるより、表現するものだ。自分、共同創業者、最初のチームの中に、自然に存在するべきである。その表現も自然で、選別的でなければならない。定まっていない文化は、誰でも受け入れ、採用した相手に合わせて形を変える。しかしよい文化は、受け入れるのと同じくらい多くの人を受け入れない。価値観を示すなら、全員が賛成する空疎な言葉にしないこと。「革新」は文化ではない。反対側に誰がいるのか。「私たちは革新しません」という看板を出す会社があるだろうか。それは価値観ではなく、ただの流行語だ。

本当の価値観には、反対の価値観がある。
その反対側も、強い価値観である。Facebookが掲げたオープンさを考えよう。根本から反対する人がいるので、本物の価値観だ。正反対の価値観を掲げて始まった会社さえある。Snapchatがそうだ。Facebookは公開と永続的な共有を軸にし、Snapchatは忘れることと記録を閉じることを目指した。両方に価値観があり、それが企業文化の一部となり、数十億ドル規模の会社になる強みになった。もちろん、規模には差がある。
価値観は、自分が戦うに値する選択を表す。他人はそれに反対して戦える。そのような価値観は、直面する多くの判断を簡単にする。そして会社を強くする文化を生む。初日からやろう。時間とともに変わってもよいが、文化は最初から持つことだ。
だから採用では、能力だけを見てはいけない。ヨーロッパでは企業文化を根づかせるのが苦手な人が多く、能力こそ最も重要だと考えがちだ。しかし能力は変えられ、伸ばせる。一方、人の文化を変えるのは難しい。
つながるべきものは、つながる。
仕事の世界では、多様性を増やす必要があるとよく話す。しかし企業文化は同質である必要がある。人種、性別、学校、国籍の話ではない。加わる人が、共通の文化と心構えを持っているという意味だ。
創業チームでは、共通の文化的な背景が重要になる。世代が違えば、コミュニケーション、技術、仕事についての前提も違うかもしれない。年齢だけでチームの成功が決まるわけではないが、口にされない違いは協力を難しくする。なじみのある言葉が全員に同じ意味を持つと思い込まず、共同創業者が世界をどう見ているかを知ろう。
最初に同質の文化を築いたら、次はそれを大きな組織にどう適用するかだ。Googleには「邪悪になるな」という有名な言葉があった。本物の価値観だが、定義は簡単ではない。「邪悪」とは何か。あらゆる場所で、あらゆる人のデータを集めることは邪悪か。議論できる。しかし「邪悪になるな」には強い感情的な力があり、従来の事業上の論点より上に、その価値観を置く。将来どんな会社になりたいかを議論させる一方、現在の判断も明確にする。それがよい価値観の印だ。今日の判断を簡単にし、明日の可能な判断にも方向を与える。
Amazonには、もっと具体的な例があった。「なぜこんなにドアがあるのか」というものだ。ドアは机よりずっと安かったため、オフィスの机はドアでできていた。訪問者が来るたび、社員が座るたび、Amazonは一銭一銭が重要な小売業なのだと思い出す。「一銭を大切に」という言葉を壁に貼ることもできる。しかし、それを言わない会社があるだろうか。Amazonでは、会社が何を大切にしているかを瞬時に示す象徴になったことで、ずっと強い力を持った。

他社の文化をまねようとしないこと。
他社の文化について、一日中読んでもいい。しかし「導入できる最高の文化は何か」と考えているなら、最も重要な点を理解していない。
自分にとって自然な文化が必要なのだ。ほかをまねようとすると、悪い判断をする。何のために戦い、敵は誰なのかを知る必要がある。すべてのスタートアップは、何か、あるいは誰かと戦っている。自分たち独自の敵が、自分たち独自の文化を前へ進めるべきだ。
ある会社の成功した文化が、ほかの会社より「優れている」わけではない。悪い文化とは、選択しない文化だ。従来の企業社会には、すべてを求めて何も選ばない会社があふれている。だから問題を抱え、発言を信じてもらえなくなる。「よりよい」文化について言えるのは、一貫し、目に見え、共有されていることだ。
壁に格言を貼ることではない。いくらポスターを貼っても、その言葉が会社の中心でどう生きているかが見えなければ、ただの嘘だ。だから優れた人材だけを採用し、しかも「ずっと探していた仕事が、やっと見つかった」と感じる人だけを採用する必要がある。チーム全員が同じ目標に向かう場所だ。見つけるのは難しい。しかし待つ価値がある。
「なぜ」に集中しよう。何をするかは簡単だ。どうやるかも簡単だ。しかも「何」と「どう」は会社の一生の中で変わる。しかし「なぜ」、特に偽りでない「なぜ」は難しい。「なぜ」が構造を与え、外からは不可能と思われたことを実現するチームを生む。
使命と文化の議論は、すべて仕組みの設計に行き着く。
仕組みの設計とは、目指す行動と文化を促す誘因をつくることだ。手順やルールを一つ導入するたびに、社員と会社に影響が及ぶ。だから会社の初期に、早すぎる導入をしてはいけない。その段階になったら、一つひとつの手順の影響を慎重に考える。何を実現したいか、副作用は何か、自分ならどう反応するか、どう反応してほしいかだけでなく、周囲の人が実際にどう反応するかを考えよう。
初期に身につけるとよい習慣の一つは、定期的に一緒に食事をすることだ。営業やプログラミングとは関係なくても、きちんと予算を割く価値がある。食事を共にすると、結びつきとコミュニティが生まれる。一緒においしく食べ、飲むことは、互いを大切にする集団を育てる。簡単そうに聞こえるが、こうした仕組みに継続して努力と資金を注ぐ会社は少ない。望む文化が日々の仕事の中で具体的に繰り返される場所を作ることが、大切なのだ。
乾杯 ;)。
Daedalium に初掲載。