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Oussama Ammar

良識はないのか?

どうにも我慢ならない問題がある。スタートアップ界隈で交わされる、バブル、企業評価額、投資家、雇用といった議論の中心にあるのに、誰も口にしない。

中間層の年金資金がベンチャー投資という勝負にさらされているのは、まったくもって恥ずべきことだ。それを許す人たちは、火遊びをしているだけではない。着火剤をたっぷりかけたダイナマイトを、ベニハナの鉄板の前で振り回している。

感じのいいシェフたちを、官僚に置き換えてみてほしい。

順を追って考えよう。

ベンチャーキャピタルは、投資を熟知した人たち、要するにプロが資金を出す、リスクの高い勝負だ。ベンチャー投資家は誰もが、リターンのすべてを生む1%のスタートアップを探している。残りの99%は失うお金だ。

それ自体が悪いわけではない。ただ、リターンが一部に集中しやすいということだ。つまり、ファンドは簡単に、実に簡単に、すべてを失い得る。そして、最後まで何も得られない投資家もいる。すべてのベンチャー投資家がマーク・アンドリーセンではない。スタートアップに投資するなら、それを理解しておくべきだ。

公開市場と比べてみよう。ニューヨーク証券取引所で、S&P 500に連動する投資信託に投資するとする。そのファンドは長期的にS&P 500に連動し、比較的分散されたリターンをもたらす。経済が好調なら上がる。悪化すれば下がる。誰か一人の責任ではなく、誰かだけが大勝ちするわけでも、大負けするわけでもない。一般にはそうだ。ベンチャー投資とは正反対だ。

債券などと組み合わせた、こうした投資こそ、公的資金に適している。公的なお金は、人から託されたものだ。途方もない利益を狙うためではなく、計算でき、当てにできる、安定した支払いを確保するためにある。

ところが、2008年の危機の後、ニュースの見出しが人々を動かした。資金運用者たちは、ベンチャー投資家が大きな利益を得ているのを見て、自分たちも入りたいと思った。2008年の危機後、ヘッジファンドは人気を失い、人々は次の利益の約束を探していた。

でも、考えてほしい。ヘッジファンドが支持を失ったのは、全体のリターンが、見出しでうたわれたリターンと違ったからだ。ベンチャーに向かう公的資金も、同じ壁にぶつかり得る。

なぜか。フランスのBPIのような公的ファンドは、利益を出せないだろう。運営するのが投資家ではなく官僚であり、まして起業家でもないからだ。年金基金にも同じことが起きている。評価額をどんどん押し上げながら、最後には、支払うはずのお金が残らない。

では、あなたの年金基金が勝ち組を見つけられなかったら、どうなる?

そして、被害を受ける人たち、年金や社会保障の支払いを待つ人たちは、自分がこの勝負に参加させられていることさえ知らなかった人たちだ。

ついでに、BPIのような大きな公的機関がスタートアップに関わるべきではない理由を、もう一つ挙げよう。悪い誘因を生むからだ。数百万の公的資金を調達したスタートアップについて、私はかつてこんな一文を読んだ。

「危機を脱するため、このスタートアップは補助金よりも売上を優先する方針に切り替える」。

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…

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何年も続いてきた会社が、どうすれば、どう見ても売上を気にしてこなかったまま、生き延びられるのか。説明責任を負わずに使える公的資金を、官僚的な投資家が投じているからだ。

もちろん、正直に言えば、公的資金を使って生き残り、すばらしいものをつくる企業もたくさんある。そういう例は日々目にする。でも、公的資金は、あまりにも頻繁に薬物のように働く。すぐに強烈な高揚感がやってきて、最高の気分になる。ところが、その後は一気に落ちる。高揚している間に頭の中で描いていたものを、実際には何もつくっていなかったと気づく。残された道は、またその薬に手を出すことだけになる。毎回そうなるわけではない。でも、そうなることがあまりに多い。

スタートアップが赤字を出すことは悪くない。成長のために投資を探すことも悪くない。でも、まともな利益を出そうとすらしていない事業に取り組みながら、公的資金で何年も自分に給料を払い続けるのは、大いに問題がある。

そして、若者を支援すると語り、スタートアップで「雇用が生まれた」と喜んだ後、残りの時間は大企業の利益を守り、そのすべてを、主に働く家庭が納めた税金で行う政治家たち。これ以上は言うまい。

恥を知ってほしい。

Daedalium に初掲載。