
Oussama Ammar
創業者のジレンマ
経験から言うと、単純に資金が尽きた場合を除き、失敗するスタートアップの大半は、創業者同士の問題に原因をたどれる。チームが本当の意味で一つになり、同じ認識を持っていなければ、優れたことを成し遂げるのはずっと難しくなる。共同創業者を選ぶことは、自分がどういう起業家かを問うことでもある。どうすればリーダーになれるのか。どうすれば優れたチームを築けるのか。共同創業者同士の関係を扱うことは、チームを率いる中で最も親密な部分だからだ。

「PG」が言ったこと
創業チームを評価するには、Paul Grahamがかつて挙げた助言に立ち戻れる。決意、柔軟性、想像力、いたずら心、友情。これらは、自分と、創業チームの一員になるかもしれない人を評価する出発点として、とても役に立つ。
ただし先へ進む前に、そこにないものにも気づいてほしい。知性はリストに入っていない。よい創業者の条件を聞くと、多くの人は頭がよいことだと答えるだろう。多くの人がそうあってほしいと願い、大きな会社を築いた人は賢いと信じたいからだ。しかし必ずしもそうではない。優れた創業者は愚かだと言いたいのではない。賢いか愚かかは、優れた創業者になれるかどうかを、実際にはそれほど左右しないということだ。
むしろ知性が影響するのは、よい創業者になれるかどうかより、どの市場を狙うべきかだ。たとえば、自分が一番頭のよい人間ではないとわかっているなら、不動産に向かえばいい。知性に恵まれていなくても、優れた成功する創業者になれる分野だ。しかしElon Muskなら、不動産では退屈するだろう。だから自動車を変えようとし、太陽光発電に取り組み、火星を目指した。なぜか。火星へ行くことは、Elon Muskにとってさえ難しいからだ。いつも自分が興味を失わない市場を狙うのは、退屈しないための最善の方法だ。そして起業家にとって、退屈は死刑宣告に等しい。
Paul Grahamの資質は、自分と創業チームを考えるきっかけになる。しかし万能のルールはなく、すべての資質で頂点に立つ人もチームもいないと覚えておこう。部品を正しく組み合わせればよいという話ではない。最も必要なのは、共同創業者として自分たちの物語をつくり、完全に透明な形でやり取りし、一緒に隙のないリーダーシップを発揮することだ。完璧な共同創業チームが、最初から生まれることはない。完璧なチームは、ともに育ち、ともに上達し、そうなっていく。

正直で率直なコミュニケーションの一部は、誰が何を担うのかを知ることだ。
はっきりさせよう。CEOは一人だけだ。そして必ずしも、その場で最も頭のよい人でも、アイデアを思いついた人でもない。もう一つ、明確にしておこう。アイデアそのものに価値はない。思いついたからといって、その人をCEOにする必要はないし、多くの株式を与える必要もない。アイデアを思いついたことで得られるのは、その心地よい満足感だけだ。それ以上の権利が生まれると思わないこと。
CEOは、最終的な責任を負い、最後の決断をする人として、皆が合意した人物だ。軽く扱うべきことではない。誰がその役割に最も適しているか、チーム内ではっきりさせる必要がある。人はCEOの肩書きや特典を好み、会社でうまくいったことがすべて自分の手柄になることを好む。それはよい会社に必要でもある。競合を恐れさせるほどCEOが目立ち、「くそ、どうして彼女はいつもやってのけるんだ」と思わせたいはずだ。
ただしCEOにはつらい面もある。優れたマネージャーでなければならず、それは難しい。社内のすべての関係を育て、状況が悪いときに率直に話し、スタートアップの最も困難な局面を自ら扱うのは大変だ。だから私は、チームで最も分別のある人をCEOにするよう勧める。最も分別のある人こそ、チーム内で何が起きているかを明確に理解でき、それが優れたマネージャーの条件だからだ。

CEOが難しいのは、スタートアップが民主主義ではないからだ。
ネットには、管理職を置かない、階層を平らにするなど、別の組織運営についての記事がある。目を覚ます必要のある大企業なら、役に立つかもしれない。しかし小さな集団が一つの問題に取り組むスタートアップでは、民主主義の不利益は大きい。よいスタートアップはすべて独裁的だ。一人が全員の意見に逆らって決断しても、会社が生き残り成長し続けるなら、よいスタートアップだとすぐにわかる。皆の意見を聞きたいなら、スタートアップは適した場所ではない。ここは実行と集中のための場所だ。
CEOが細部やすべての判断を管理するという意味ではない。しかし、いつまでも議論が続き、戦略や文化や資金調達に迷い続けているなら、うまくいかない。卓越したデザイン、戦略、問題解決は、一人の人間が勇気を持ち、長期にわたって会社に何かを貫かせるところから生まれる。

創業チームの中では、衝突が驚くほど速く悪化することがある。
誰かと会社をつくることは、一緒に暮らす以上に濃密だ。24時間一緒にいる。夜中に何かが起きれば一緒に対処し、出張も一緒にする。共同創業者と過ごす時間の長さは、想像を超えている。関係が壊れれば、離婚と同じくらい、場合によってはそれ以上につらい。
なぜここまでひどいことになるのかを理解したくて、私は離婚弁護士にも話を聞いたことがある。その一人の言葉が、ずっと残っている。「人間の本性を理解したければ、15年間互いの裸を見てきた二人が、ある日、二度と話さないと決められることを理解しなければならない」。これを理解する鍵は、「感情の負債」とでも呼べる考え方だ。私たちは親しい人からのある種の振る舞いを受け入れるよう、自分を慣らしている。こちらが相手への借りを使い、相手もこちらへの借りを使う。増えたり減ったり、持ちつ持たれつだ。しかし人によっては、ある時点で感情の余力を使い果たす。感情的に破産する。あとは連邦破産法11条のような手続きを取り、その負債について二度と話さないことしか残らない。
共同創業者の間で、それを起こしてはいけない。感情の負債があるなら、直ちに表に出して対処する。悪いことは起きる。間違いも、悪い判断もする。それらはできるだけ早く解決し、何より、起きたという事実を受け入れなければならない。創業チームは、失敗も一緒にするのであって、一人だけの失敗ではないと理解する必要がある。好き勝手にして責任を負わなくていいという意味ではない。間違いを評価し、その重大さを見極め、ときには重大でない間違いでも大きなお金を失うことがあると理解し、感情の余力を使い切らずに、直ちに対処できる必要がある。
(短い助言を一つ。共同創業者との離婚にまで至ったら、逃げよう。何が起きたか、誰のせいか、誰が正しく誰が間違っているかを争う時間と感情的な負担は、離れて新しいものをつくり始めるより、はるかに大きい。必要ならお金を払ってでも、逃げる。その争いに溺れないこと。人生に何もよいものをもたらさない。)

共同創業者を選ぶことは、会社を始めるときにする最も重要な決断だ。
事業を選ぶことよりも重要だ。正しい事業にたどり着くまで、人はいくつもの事業を試す。事業は変えられるが、人は本当の意味では変わらない。だから急がず、正しい相手が見つかるまで待とう。会議やパーティーで出会い、10分後に共同創業者を見つけたと思い込まないこと。できるだけ多くの人と働き、友情や関係を育て、自分の強みと弱みを正直に評価する。そしてある日、正しい共同創業者が見つかったとはっきりしても、その関係を当然のものと思わない。信頼を育て続け、コミュニケーションを透明に保ち、目標を合わせ続けよう。
Daedalium に初掲載。